世界最大規模の放送機器展「NAB2000」が,米国ラスベガスで2000年4月10〜13日(現地時間)に開かれた。今年は本格的な映像コンテンツをインターネットで流せる時代が間近に追っていることを見せつけた。ストリーミングビデオの制作/オーサリングツールが続々と出てきた。来場登録者は11万3000人で,昨年より8000人増えて過去最高を記録した。(伊藤康生,塗谷隆弘,山田浩之,安保秀雄)

インターネット・コンテンツ制作環境

●主要デジタル・コンテンツ制作環境が「インターネット・レデイ」に

NAB2000は,米国の放送関連団体「NAB(National Association of Broad-casters)」が主催する放送関連の機器展。数年前まで文字通り放送業界の展示会であり,放送局向けの高価な放送関連機器の展示がメインだった。
 しかし,ここ2〜3年は放送局専用ではないデジタル・コンテンツ映像制作システムの展示・発表が大幅に増えている。ハイエンド3次元CGソフトや,映像関係のプロフェッショナル制作者が扱うMotion-JPEGベースのノンリニアビデオ編集システムがNABの主要な展示の一つになった。
 そして,今年の特徴はなんと言っても,映像コンテンツをインターネットで流すための制作環境が大きく前進,製品化してきたことだ。コンピュータ/通信業界の出展が急増,上述の放送・映像業界と本格的に合流したと見ることができるだろう。
 それではNAB2000の展示・発表の中から主なものを,インターネット・コンテンツ制作環境,ノンリニアビデオ編集・合成ソフト,DVDコンテンツ・オーサリング・ソフト,3次元CGソフト,その他のツールの順に紹介しよう。
放送・映像業界の本流を形成してきた,ソニーや米Avid Technology社,Discreet(米Autodesk社の1部門)のような企業がインターネット向けコンテンツの制作ツール開発に向かっていることを宣言した。ソニーの発表会に登場した出井伸之社長は,「NABはもはや放送の展示会ではなく,コミニュケーション・ビジネスの融合を目指す場になった」と位置づけた。
さらに,「ソニーはデジタル・ブロードバンド・ネットワーク・カンパニー」になると表明し,インターネット事業にも積極的に取り組むことをアピールした。
 さらに,米Micorsoft社,米AppleComputer社,米RealNetworks社のような,従来からインターネットを使ったストリーミングビデオの制作システムを作っていたコンピュータ業界も,大きなスペースを割いて出展した。今年からインターネットでビジネスを展開する企業が出展する「Internet@NAB2000」という展示エリアが誕生し,とりわけRealNetworksやMicorsoftのブースの周りを始めとして,たくさんのストリーミングビデオ関連のツール・ベンダーやWebサイトの構築を請け負うサービス企業が,まさに雨後のタケノコのように登場した。
 背景には,データ転送速度が速いブロードバンド・ネットワークの時代が確実にやってくることがある。その上に,新しいインタラクティプ・コンテンツを流そうというのである。この時代を見据え,放送波だけでなくインターネット(無線インターネットも含む)でビジネスをするのだという意気込みが各出展企業から感じられた。
 日本では,これからという印象のストリーミングビデオであるが,米国ではすでに普及に向けて盛り上がりを見せている。
 AvidはHTMLベースのインタラクティプコンテンツオーサリングソフト「ePub-1isher」を発表した(後述)。
 Discreetは,やはり同社の製品群でストリーミング・ビデオなどから成るWebコンテンツを制作できるシステムを発表した。さらに,3次元CGソフト「3DStudioMAX」からWeb3D技術である「Pulse」や「Cult3D」などへのデータ交換が容易であることを示し,ビデオだけでなく3Dをも包含したリッチ・メディアのコンテンツ制作環境を強調した。
 米Media100社は中心的な事業戦略をインターネットやDVD上でのビデオ・コンテンツの普及に置くと発表した。同社はビデオのキャプチャ,編集・合成,配信などの各ツールを企業買収も含めて揃えてきていた。今後は,コンテンツ提供企業,広帯域の通信回線企業,リッチメディアWebサイト構築企業などと協調し,ストリーミングビデオの普及を図ると述べた。
 このように,大手各社とも一斉にインターネット対応のシステムを発表した。以下では,目を引いたインターネット対応のビデオ関連製品を紹介しよう。

●米Avid,インタラクティブなWebコンテンツ制作ソフトを発表

図1a●AvidのePublisher

Avidは,ストリーミングビデオや音声データなどを組み合わせた,インタラクティプなWebコンテンツをオーサリングできるツール「ePublisher」(図1a)を発表した。Internet ExplorerといったWebブラウザで,音声/映像を文字などのHTMLファイルとリンクさせたコンテンツを制作できる。制作時はノンリニアビデオ編集をする感覚で,映像や音,HTMLを再生・表示するタイミングを設定する。
 利用できるストリーミングビデオの形式は,RealNetworksの「Real G7」,Appleの「QuickTime 4」,Microsoftの「Windows Media」,MPEGl/2。
 AvidのMediaComposerといったノンリニアビデオ編集システムとの連携を考えており,一度制作した映像コンテンツを,
テープメディアだけでなく,インターネットにも流すことが可能になる。米国での出荷は2000年第2四半期を予定。全世界に今年中に出荷する計画だ。価格は未定だが,米国で600ドルを切る模様。

●米Intel/米MSと共同で,AvidがインタラクティプTV制作ツールを開発

 Avidは,米Intel社およびMicrosoftと共同で,デジタルテレビ向けのインタラクティプなコンテンツを制作するツール「Avid ITVauthor」(図1b)を開発中と発表した。HTMLベースのインタラクティブなテレビコンテンツの規格を制定しているATVEF(Advanced Television Enhanced Forum)の規格に適合したコンテンツを制作できる。今のところ米Avidの「ePublisher」をベースにしており,ユーザーインタフェースは同じ。Microsoftのデモでは,ITVauthorで制作したコンテンツを横に置いたテレビで表示していた。
 正式な製品としての出荷時期は未定。特定のユーザー向けに対して,プレリリースバージョンが2000年秋に出荷される予定。
 なお,米Avidは,仕事で映像制作に携わる人向けに,Web上で,制作に必要なツールや情報の提供をするポータルサイト「Avid ProNet.com」(図2)を立ち上げた。制作者とクライアントとがインターネットで打ち合わせができるようになるなど,バーチャルな映像制作環境が得られる。


図1b●lntel,Microsoft,Avidが共同開発中のITVAuthor 左が編集ツールの画面,右がコンテンツをテレビに出力したところ。

図2●映像のプロ製作者向けのポータルサイトAvid ProNet.com[www.avidpronet.com]

●テレビ番組用のバーチャル・セットも続々とインターネット放送に対応

 テレビ番組のCG合成を行うバーチャル・セットを開発・販売する企業が,相次いでインターネット放送にも対応し始めた。
 シドニー・オリンピックのバーチャル・セットを担当する予定のイスラエルOradHi-Tec社は,インターネットを利用した放送用の双方向の番組を制作するツールを8月から出荷する。もともと同社が発売していたバーチャル・セット「CyberSet」(ソフトと専用機を含む価格が2000万〜6300万円)のプラグインとして利用する。
 このツール「CyberSet Plug-in for Webcasting」は,バーチャル・セットで制作した番組のデータをインターネットで放送できるフォーマットに変換してくれる(出力形式などは不明)。また,映像中のオブジェクトをクリックすると,そのオブジェクトの解説が文字で出てくるようなインタラクティプ性もあるという。価格は未定。
 なお,同社のCyberSetの稼働環境は,従来IRIX(SGIのUNIX OS)だけだったが,6月からIRIX対応よりも安価なWindows NT対応のシステムも出荷する。SGIのNTマシン込みで3200万円という。
 RT-SET社の一部門であるRT-NETも,バーチャル・スタジオのシステムをインターネット対応にする。システムの名称は「inca」。稼働OSはWindows NTで,システム価格が安いのが特徴という。1つの固定カメラから成るシステムの価格が約4万5000ドル,トラッキング・カメラ付きが約8万ドルという。

●加Matrox社,編集中のビデオをリアルタイムにネットに流す技術を披露

 加Matrox社は,同社のハイエンドビデオキャプチャ再生ボード「DigiSuiteシリーズ」を使ったシステムで,編集中のビデオ作品をリアルタイムに再生しながら,インターネットに映像を流せる技術を開発,NAB2000会場で披露した。アドビシステムズのノンリニアビデオ編集ソフト「Premiere」などで,トランジション(場面転換)効果やカラーコレクション(色調整)といった特殊効果を施しながら,リアルタイムにインターネットに映像を送出できる。
 すなわち,Matroxが開発した「WebStreamer」というソフトで,編集中の映像をRealNetworksのRealVideo形式やMPEG形式に自動変換し,インターネットに流せる。画面の大きさの設定やネットワークに合わせたデータ転送速度の設定が可能。
 ビデオ編集者が,遠くに離れた発注者(クライアント)に対して,インターネットを通じてリアルタイムに作品の状況を伝えることができ,制作の効率化ができる。この機能が使えるようになるのは,DigiSuiteシリーズのソフトウエアのバージョンが5に上がった時だ。年内を予定している。
 なお,Matroxは,DigiSuite用に新しい3次元ビデオエフェクトオプションの「MAX」を発表した。プロシューマ向けDVキャプチャ再生ボード「RT2000」が持っている機能をMAXで実現する。
IEEE1394準拠のDV入出力端子を装備し,DV形式の映像に対してリアルタイムに3次元エフェクトを施せるようになる。
 これにより,DigiSuiteシリーズではDV,MotionJPEG,MPEG2形式のビデオ映像に対して,リアルタイムに3次元エフェクトを施せるようになる。

●米lPV,プログレッシブ表示しながら映像をダウンロードする技術を披露

 米Internet Pro Video(IPV)社(www.ipv.com)は,プログレッシプJPEG表示の映像版ともいうべき映像圧縮技術をNAB2000で初めて明らかにした。インターネット上の映像データを低画質のものか
ら徐々に高画質にしながら,映像データをダウンロードできる。
 ターゲットユーザーは映像制作者。遠く離れたクライアントに対して,制作した映像コンテンツの内容を,ストリーミングビデオで見せるのではなく,ダウンロードしながらチェックしてもらうといった用途を想定している。映像データを受け取る側は,何が写っているのかをチェックするだけなら,低画質の状態で十分なので,すぐにチェックができる。
 ダウンロードの初期段階では映像がボケているが,すぐに再生が始まる。しばらくすると高品質の映像データを表示しながら,パソコン内のディスクに映像データを記録できる。ダウンロードが終了した後で再生を始めると,最初から高品質の映像が表示される。IPVの技術で圧縮された映像を再生するにはQuickTime MoviePlayerがあればよい。

●米MAGIX,簡単にストリーミングビデオの編集ができるソフトを発売

 米MAGIX Entertainment社(www.magix.net)は,インターネットのストリーミングビデオ・コンテンツを簡単に制作できるソフトウエア「@udio&videooffice」を,4月から出荷する予定である。
希望小売価格は,CD-ROM版が99.99ドル,ビデオやサウンドの素材が多いDVD-ROM版が149.99ドル。日本でも発売する意向で,国内代理店がほぼ決まっている。
16個のトラックがあり,ここにあらかじめキャプチャしておいたビデオやサウンド,グラフィックスの素材をドラッグ・アンド・ドロップで配置する。ビデオについてはクロマキー合成機能があり,青や緑,黒,白色のところに背景などの映像を入れられる。映像のクリップ間をつなげるトランジション機能や,タイトル(テロップ)作成機能などがある。ビデオ入力はAVI,ASF,QuickTimeなど。出力は,Real Video,QuickTime,ASF,AVI。

ノンリニアビデオ編集・合成ソフト

●HD対応のシステムやソフトが多数登場Macのノンリニア環境が充実

 今年のNABでは,ノンリニア編集システムまでHD(High Definition)対応機器が出揃った。ソニー,松下電器産業は,HDの新ラインナップを発表した。ほかにも,HD対応の編集システム,ノンリニア編集機やHD対応のソフトウエアが多数登場した。高価な放送機器にとどまらず,業務向けやコンシューマでも手の届きそうな価格帯のものまで登場してきた。
 なんと言っても驚いたのはAppleとMatrox,さらにAppleと米PinnacleSystems社がそれぞれ共同発表した製品だった。具体的にはMacintosh上でHD編集を可能にする米Pinnacle Systemsの「TargaCine」と,Macintosh上でリアルタイムにDVノンリニア編集を可能にする加Matroxの「RTMac」。Macintosh離れを強いられていた映像制作者には朗報といっていい。

●米Apple,Macで動く低価格の非圧縮HD映像編集システムを発表

図3●PinnacleSystemsのTargaCine

 Appleは,PowerMac G4にPinnacleSystemsが開発したHD対応のビデオキャプチャ再生ボード「TargaCine」(図3)を搭載したノンリニアビデオ編集システムを発表した。1万ドル以下の低価格のシステムを構築可能。出荷は夏ごろの予定。編集ソフトは同社の「FinalCut Pro1.2.5」を使用する。
 プレスコンファレンスでは,まず,非圧縮SD(Standard Definition)映像の編集をデモンストレーションした。非圧縮SD映像がいかにきれいかを確認させた後,非圧縮HD映像の編集を行ってみせた。モニタースクリーンにはSD映像よりもさらにハイクオリティなHD映像が映し出された。そして,その瞬間,会場からどよめきと拍手が沸き起こった。

●米Apple,Macintoshで行うDVリアルタイム編集システムを発表

 Appleは,PowerMac G4にMatroxが開発したPCIベースのDVキャプチャボード「RTMac」を搭載したDVノンリニア編集が可能なシステムも発表した。ノンリニアビデオ編集ソフトは,同社の「Final Cut Pro1.2.5」を搭載している。
 「RTMac」は,Windows98で動くリアルタイムエフェクトが可能なDVボード「RT-2000」をベースにしている。RTMacは,ボード上にMatroxの3次元グラフィックスアクセラレータチップ「G400」を搭載している。これにより,2次元と3次元のエフェクトをリアルタイムで処理できる。映像の入出力は,PowerMac G4に備わっているIEEE1394準拠のDV端子,外部ボックス経由でアナログコンポジットとS−Videoに対応。米国での価格は5000ドル以下。出荷は夏ごろの予定。

●Discreet,3次元映像合成とペイントを統合したソフトを発表

 Discreetは,低価格で,映像合成からペイントアニメーションまで1本のソフトウエアでこなせる画期的な製品「combustion」(図4)を発表した。現行の3次元で映像を合成できるソフト「effect」とペイントソフト「paint」を統合した機能を持つ製品だ。
 ユーザーインタフェースはSGIのワークステーションで動くハイエンド合成エフェクトソフトの「inferno」や「flame」を継承している。3次元CGソフト「3D StudioMAX」やノンリニアビデオ編集ソフト「edit」と併用することで自由度の高い制作環境を構築できる。
 combustionは,Windows NT版とMacintosh版がある。米国での販売価格は4000ドル程度になる見込み。日本での出荷時期は未定


図4●Discreetのペイントと合成エフェクトソフトが統合されたcombustion

●Discreet,ハイエンドノンリニア合成編集システムの新バージョンを発表

 Discreetは,SGIのワークステーションで動くハイエンドノンリニア編集システム「fire」と「smoke」の最新バージョンを発表した。Smokeは今回のバージョン4.0でHDTVに対応した。fireは現バージョンですでに対応している。
 また,「Soft Effects」と呼ぶ機能が搭載された。Soft Effectsにより,タイムラインで編集作業をしている最中に,合成や修正作業ができるようになった。カラーコレクション(色調整),3次元の色空間を使ったキーイング(色による合成)などが可能。
 このほか,「Video Containers(ビデオコンテナ)」機能により,エフェクトレイヤーを事実上無制限に使用して,合成処理を行えるようになった。日本では2000年夏リリース予定。
 また,同社は業務向けローエンドノンリニアビデオ編集ソフト「edit V6.0」を発表した。WindowsNTで動く。V6.0ではDVとMEPG2での編集に対応し,Containers(コンテナ)機能により,事実上無制限の映像素材を合成できるようになった。そのほか,fire,Smokeとのデータのやり取りが簡単になる機能が追加されている。Webに流すためのストリーミングビデオを制作するのにも使える。

●米SONIC社,リアルタイム性の高いノンリニアビデオ編集ソフトを発表

 米SONIC FOUNDRY社は,無制限のビデオトラックを使って,ビデオ編集することができる「VEGAS VIDEO」を発表した。トランジション効果やフィルタといったエフェクト(特殊効果)をリアルタイムにかけることができる。ただし,リアルタイムに施せるエフェクトの種類は,使用するマシンパワーで制限されるようだ。
 また,オーディオ編集部分は,同社のオーディオ編集ソフト「VEGAS Pro」のオーディオ編集機能を取り入れている。

●米NewTek,リアルタイム性能を強化した「VideoToaster2.0」を発表

 米NewTek社は,ノンリニア編集システム「VideoToaster2.0」を発表,NAB2000会場でデモを行った(図5)。2000年後半に出荷する予定で,価格などは未定。
 NT版の現バージョンの登場時から公表されていた,スイッチング(画像の切り替え)機能などが搭載される上位モデルは,2.0から登場するようだ。
 2.0では,トランジション(場面切り替え)効果をレンダリングなしにリアルタイムで確認できる。そのほか,画像に対する影や反射,炎などの効果もリアルタイムに確認できる。キーヤを使ったリアルタイムクロマキー合成などの機能が搭載される。
 会場内のデモでは,D1非圧縮の動画を同社の3次元CGソフト「LightWave 3D」で作ったモデルに貼り付けて,その映像がリアルタイムに光沢のある床に反射する様子を見せるなど,来場者を驚かせていた。


図5●VideoToaster2.0
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日経CG2000年5月号