山田浩之
Yamada Hiroyuki

プロデューサ,
デジタルクリエータ

TV番組制作会社でTV番組,CM,イベントなどのプロデューサを経て独立。映像,CG,CD-ROM,Webなどのマルチメディア制作会社B-ARTISTを設立。現在B-ARTIST代表取締役。映像,マルチメディアのプロデュースのほか,自らディジタルビデオや3次元CGをクリエイトする。その傍ら,ディジタルビデオやCG関連の評価,試用レポートを執筆。PCを自作するなど大の機械好きである。

 ノンリニアビデオ編集におけるオーディオ編集について前編と後編に分けて説明しよう。
 前編ではビデオ製作におけるオーディオ編集の流れをおさらいするとともにWindows NT用のオーディオ編集ソフトSamplitudeの概要を紹介する。
 後編では,Samplitudeの実際の操作感と音楽作成ソフトACIDを紹介する予定だ。
 一般的に,映像制作の作業行程は映像を主体に編集する過程(EED)と編集した映像にナレーションやBGMなどのオーディオをミックスする過程(MA)があり,この2つの過程を経て最終的な映像制作が完了する(MAはマルチ・オーディオの略で,マルチトラックレコーダー=MTRを使用して作業するところからそう呼ばれている)。したがって,ポストプロダクション(一般にボスプロと呼ぶ)である編集スタジオでは,EEDルームとMAルームは別々に設置されている。これらの編集ルームには特徹がある。EEDルームは,映像の確認(モニター)に影響を及ぼさないように室内を暗くしている。MAルームは外部からの音声や機械音がしないよう厳重な遮音・防音が施されている。MAルームには,ナレーションを録音できるナレーションブースも設置されている。

■ビデオ編集における従来のMA作業手順

 ビデオ制作時に,ビデオ編集スタジオで行われるMAの作業方法を簡単にお話しよう。
 まず,編集されたマスタービデオを事前に編集スタジオに渡し,編集スタジオで事前準備を行ってもらう。これは“立ち上げ”と呼ばれるもので,マスタービデオの音声部分をマルチトラックレコーダーにチャンネル別にコピーする作業だ。この時,映像部分も別のビデオテープにコピー録画される。これらのテープにはそれぞれマスタービデオのSMPTEのタイムコードも同時にコピーされる。こうした作業には少なくともマスタービデオのマスターラップ時間がかかることになる。
 立ち上げが終わると,実際のスタジオワークに入る。先にコピーした映像にMTRを同期(シンクロ)させることで,映像を見ながらナレーション録りや音楽・効果音入れを行っていく。MTRへの録音が終わると,ミキサーと呼ばれる編集マンがエフェクタなどを用いて音質や音声タイミングを変えるとともに,各チャンネルの音声レベルを整える。
そして,最終的に必要な音声チャンネル分(通常ステレオの2チャンネル)にミキシングを行う。これをミックスダウンと呼ぶ。これらの作業が完了するとミックスダウンした音声をマスタービデオの音声トラックヘ録音する。この作業を“戻し”と呼んだりする。戻しが終わると完全なマスタービデオが完成したことになる。

■デジタル化するMAスタジオ

 以上が一般的なMA作業の流れだが,最近のMAスタジオのハード面での変化としては,アナログからデジタルへの移行が挙げられる。ミキシングコンソールやエフェクタ類もそうだが,もっとも大きく変わってきたのがMTRの部分だ。
 MTRはアナログテープの時代,デジタルテープの時代を経て,現在はコンピュータを使ったノンリニア編集システムに移行しつつある。オーディオでのノンリニア編集システムは一般的にDAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション)と呼ばれる。DAWには,スタジオ用に開発された専用のシステムからパソコンを使ったシステムまでさまざまなタイプがある。最近は,音楽制作者の間でよく使われているAvidの「Pro TooIs」がMAスタジオでも広く使われ始めている。
 Pro ToolsはMacintoshをベースにしたディスクレコーダーとして登場し,操作性と音質が良く,シンセサイザやシーケンサーなどのMIDl製品との親和性も十分図られているため,音楽制作者から絶大な支持を受けている。現在では,Windows版も登場してきたが,スタジオではほとんどの場合Macintosh版が使用されているようだ。ProTooIsを使用しているMAスタジオのほとんどは,VTRとの同期に「Video Slave Driver」などのシンクロナイザを使用している。

■ノンリニア編集とMA作業

 さて,ここでビデオをノンリニア編集している場合を考えよう。この場合,映像部分はもちろんだが,音声部分もノンリニア編集している。つまり,映像用のノンリニア編集システムはDAWも兼ねていると言える。
 しかし,実際のところノンリニア編集ソフトのオーディオ編集機能はお世辞にもDAW並みとは言い難い。オーディオ専用の編集ソフトに比べると非常に物足りないのが現実だ。
 これはメーカー側が半分あきらめているか手抜きをしているためだろう。というのも,本格的なオーディオ編集を行う場合,機械音や外部音などのノイズのない状態で音のモニターをする必要があり,遮音・防音された部屋が必要となる。また,ナレーション録音用のブースが必要な場合も多い。このようなことを考えると,MA作業を行うには,ちゃんとした設備の整ったポストプロダクションのMA編集室で行うのが本筋だからだ。
 しかし,予算が少ない場合や,必ずしもそのような設備が必要ない場合もあるだろう。このような時は,既存のノンリニア編集システムにオーディオ編集ソフトを付加することで,MA作業を効率よく行える。

■MA作業で求められる最低限の機能

 MA作業で求められる機能としては,まず映像を確認しながらマルチトラックレコーディングができることが挙げられる。これには,シンクロナイザを使用して外部VTRを同期させてVTR映像を見ながらMA作業を進める方法とソフト自体に映像を読み込み,この映像を見ながら作業を進めるやり方がある。
 さらに,録音したトラック音声を再生しながら新たに別トラックにオーディオを録音できる必要がある。この時,パンチイン/パンチアウトができると非常に有効だ。そして,録音したオーディオの位置をずらしたりトラック間の移動が行える必要もある。オーディオの位置をずらす場合は,ノンリニア編集ソフトにありがちな1フレーム単位ではなくさらに細かい移動も行えると便利である。ナレーションを録音する際は,音の強弱を一定にさせるためにコンプレッサやリミッターも必要になる(もっとも,こうした機能は外部のミキサーの機能を利用することができる)。そして,音質調整用のイコライザーやエコー・リバーブなどの残響効果用のエフェクトがあれば,ほぼ完璧と言えるだろう。

■MA作業に向くソフトウエアを考える

図1●Sampulitude5.0の場合

 本格的なDAWを行いたい場合にはPro Toolsを導入すればいいだろう。しかし,MA作業で求められる最低限の機能に絞り込めば,もっとコストパフォーマンスのよいソフトウエアが存在する。Macintoshの場合は,Pro Toolsのソフトとサウンドカードの「AudioMediaIII」を組み合わせた「ToolBox」がある。ただし,この場合映像機器との同期はMIDI経由で行うことになりPro TooIsより精度が落ちてしまう。外部機器(シンクロナイザ)も必要になる。
 WindowsNTの場合は「Samplitude5.0」(総輸入元フックアップ,03-3255-2777)がある(図1)。これは,前述したMA作業で求められる機能以上のものを持っており,なおかつAVIファイルをソフト内に読み込むことができるのでパソコンのモニター上で映像を再生させながらオーディオの録音・再生ができる優れものである。したがって,外部のシンクロナイザを使用する必要がない。外部のVTRと同期をとりながら作業することもできる。この場合MIDI経由でのシンクロが可能だ(図2)。


図2●MIDlクロック(MTC)およびSMPTEIにシンクさせることができる
この場合,MTCまたはSMPTEに対応したMIDlポートが必要。
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日経CG1999年5月号